〔20〕

このところ、大橋は「宗歩」の公式戦での使用を一時的に止めていた。「宗歩」を使わなくても勝てると思ったからだ。「宗歩」と日々対局を重ね、大橋は着実に自身の実力をつけていた。
竜王戦では地道に勝ち続け、6組で優勝して、決勝トーナメントへの進出を果たしていた。竜王戦の予選は全部で6組あり、1組からは上位四名、2組、3組からは上位二名、4組、5組、6組からは上位一名が決勝トーナメントに進出できる。
赤津も4組から決勝トーナメントへ進出していた。A級八段の赤津が竜王戦で4組に留まっているのが不思議だったが、名人戦以外にはあまり興味を示さなかったからだろう。だが、今回の竜王戦では珍しく意欲的なところを見せ、素晴らしい将棋で4組優勝を成し遂げていた。
もともと名人位は「将棋の神様に選ばれた者がなる」と言われるほど、権威のあるタイトルだ。名人位の称号は江戸時代の大橋宗桂からずっと引き継がれている。第一人者の証である名誉ある称号が、現在でもタイトルとして残っている。順位戦を昇級して、A級で最もよい成績を修めた者だけが名人位に挑戦できるようになっている。
その名人位と並ぶ権威のあるタイトルが竜王位だ。
竜王位は昭和六十三年、「十段戦」が発展解消されて創設された。十段戦は昭和二十三年発足の「全日本将棋選手権戦」が前身だ。
昭和二十年に日本が敗戦して、将棋どころではなかった混乱時に、プロ棋士たちは団結努力して、翌二十一年名人を決める「第一期順位戦」を発足させた。
順位戦が軌道に乗ると、読売新聞をスポンサーとして、昭和二十三年、二番目の棋戦に当たる「全日本将棋選手権戦」をスタートさせ、優勝者に将棋界では初の九段位を贈ったため、名称は「九段戦」になった。九段戦は昭和三十七年に第一期「十段戦」と名前を変えた。
第一期竜王戦の予選がスタートしたのは、それからずっとあとの昭和六十二年のことだ。
各棋戦を掲載している新聞社と日本将棋連盟とのあいだでは、毎年契約を行ったうえで棋戦を運営し、その棋譜を契約社に優先提供している。将棋連盟としては毎年少しでも契約金のアップを望むのは当然だった。
昭和五十九年将棋連盟は「十段戦」を契約している読売新聞社に具体的な交渉をした。
「読売新聞社が主催している囲碁の棋聖戦の契約金は、将棋十段戦の二倍である。囲碁と将棋は過去の実績から見ても対等であるべきなのに囲碁の半分とは納得できない。将棋も囲碁と同額の賞金にして欲しい」
これに対し読売側はこう返事をした。
「碁の棋聖戦は碁界の序列第一位である。賞金額は序列の高さに対する値段なのであって将棋を差別しているわけではない。将棋も序列第一位の棋戦にするならば、碁と同額にする用意はある」
収入増を望む将棋連盟は読売の回答に反応し、直ちに新棋戦創設準備委員会を発足させた。その後三年間さまざまな議論が交わされた。
「名人戦の契約金を少々上回るくらいでは第一席は譲れない」
「名人戦主催の毎日新聞社の顔も立てなければならない」
将棋界では名人位は一番権威があるものとされていた。したがって、新棋戦を第一席に持ってくるにはかなりの抵抗があったのだ。
当時の将棋連盟会長までもが、「席次一位は難しいので名人戦と同格ということではどうか」と提案するくらいだった。
名人戦と同格では、歴史のない新棋戦が事実上二番手に置かれるのは明らかだった。交渉のきっかけが「序列第一位」で始まった話なので、読売としてはそこだけは譲れなかった。
結局、序列は「契約金額」でなんとか意見が一致し、「竜王戦」が誕生した。ただし読売も多少の妥協をした。棋戦は契約金額なので竜王戦が第一席であるが、竜王と名人の棋士個人の席次については先輩(棋士番号順)を優先する、ということである。名人戦を主催している毎日新聞社や当時の将棋連盟会長の顔を立てたのだ。
「竜王戦」のタイトル名も発足ぎりぎりで決まった。棋神戦、巨星戦、巨人戦、最高峰戦、天星戦、棋宝戦などの候補があったが徐々に消去されて「竜王戦」に確定した。
そうした紆余曲折を経て、いまでは名実共に名人位と並ぶ権威のあるタイトルになった。優勝賞金もかつてない高額で、金額も公表されたため、話題と共に棋士たちのやる気を刺激したタイトルでもある。
竜王戦には6組にアマチュアや女流棋士が参加できるようになり、アマチュアでも勝ち上がれば竜王位になれるようになったのだ。実際に大橋は6組の一回戦でアマチュアと対戦した。
現在では黒柳が竜王位に就いている。プロになって、C級2組、C級1組、B級2組、B級1組、A級と毎年順調に昇段しても、タイトルを獲るまでには最低でも五年かかる名人戦とは違い、竜王戦はプロ一年目の棋士でも圧倒的に強ければ、タイトルを手中にすることができる。
6組で優勝した大橋と4組で優勝した赤津は、決勝トーナメントで順当に勝ちあがれば、決勝戦で対局する予定になっていた。赤津が順位戦以外の棋戦を真剣に戦うのを見るのは初めてだった。
相変わらず赤津の評判は悪かった。たちの悪いヤミ金融のようなところからもお金を借りているらしく、将棋連盟にも赤津を中傷する匿名の投書が寄せられているそうだ。
一方、私生活での鬱憤を晴らすように、赤津の将棋は冴えまくっていた。序盤では彼独自の理論に基づいた面白い駒組みを見せ、終盤では目の覚めるような手を連発した。「終盤は赤津か黒柳に聞け」と言われるほど、いまでは黒柳と並ぶ終盤の第一人者でもある。
プロ棋士よりもずっと力が劣る女流棋士やアマチュアは、自分が指したい手を指すことが多い。相手の言い分には耳を貸さず、こういう筋で攻めたいと思うと一路それに邁進する。要するに狙いが明らかなのだ。相手も同レベルだと、同じように自分の言い分を通そうとするから、勢い派手な喧嘩が展開される。
しかし、プロはまったく逆だ。ある局面で自分の手番だったとすると、自分の狙い筋よりも、相手の狙いを第一に読む。狙いがわかれば、相手の狙いを殺す方法を考える。プロは自分の指したい手を指すのではなく、相手が嫌がる手を指そうとするのだ。ゆえにプロ同士で認められる好手は地味な手であることが多い。難しすぎてアマチュアにはよくわからない。
ところが、赤津の指す手は将棋を覚えたての初心者でもわかるような手が多かった。序盤の駒組みも従来の常識を覆すような手が多く、アマチュアにしか通用しないと言われていたハメ手(相手を罠にかけようとする手)や、不利だと結論づけられていた手をあえて指そうとした。
赤津はいつも言っていた。
「先人が結論付けた局面をその通り受け入れるのはアマチュアだ。おれたちプロは、先人の結論を覆すような手を考えていかなければならない」
それに対して黒柳はよく反論した。
「おまえの考えはわかるが、さんざん苦労して考案した戦法も使うのは一度きりだ。そのうえ新手が成功したとしても、新手に特許権があるわけではなく、他の棋士に真似されて二度と使えなくなるのが関の山だ。先人の結論に真っ向から対決する手を指すのはリスクが高すぎる。そこまでリスクを冒して新手を考案して勝ったところで、ただの一勝には変わりない。それならば明らかに有利と言われている手を指すのが合理的だ。おまえはそんなつまらないところに労力を注いでいるから、いつも格下の相手に負けるんだ」
たしかに黒柳の言う通り、赤津は星の取りこぼしも多かった。いつも指し慣れた手を指すのに比べて、新手を考案して試すのは難しい。したがって、苦労の割りに赤津は報われなかった。
大橋は赤津が黒柳の言うように、冒険を止めて合理的な手を指せば、黒柳とタイトルを二分できるのではないかと思っていた。少なくとも大橋にそう思わせるくらい、赤津のやり方はリスクが高かった。
しかし大橋は、赤津がなぜ一見損と思えるような行動をするのかは、わかっていた。
赤津はプロである以上、ファンを魅了する手を見せなければいけないと考えているのだ。勝つだけではなく、なるほどプロだと言われる手を指して美しい棋譜を作り、後人に残したいのだ。
赤津は定跡に真っ向から挑戦し、新しい手を考案し続けた。それだけこだわりを持って指す赤津の手はファンを魅了してやまなかった。赤津の私生活に対する批判が腐るほどある中で、赤津が多くのファンを惹きつけているのもれっきとした事実だった。
赤津には彼なりの信念があり、黒柳にもれっきとした信念があり、どちらかが間違っているとは思えない。大橋は二人の考えの狭間で、考えが揺れ動いた。ときには赤津の考えが正しいようにも思えたし、黒柳のやりかたが正しいようにも思えた。
大橋は二つの考えを自分の中で消化できずに将棋を指していた。赤津、黒柳と比較してとりわけ劣っているとは思えない自分が、いつまでも三段リーグに留まっていた原因がわかるような気がする。
大橋はいままで自分の将棋が指せていなかったのではないだろうか。勝ちにこだわるなら勝ちにこだわる。ファンを魅せる手を指すのならそうする。しかし、大橋はどっちつかずの状態で将棋を指していたのだ。
さしずめ将棋ソフト「宗歩」は徹底的に勝ちにこだわる手を指す。それは黒柳と通ずるものがあった。
大橋は、赤津という天才棋士が、「宗歩」と対局したときに、どのような手を指すのかが興味があった。「宗歩」と黒柳の対局も楽しみだったが、赤津が「宗歩」相手にどういう指し手で対抗するかのか見たかった。
それに黒柳との対局は、大橋がタイトルに挑戦するときでないと実現できない。はるか遠い将来の話のように感じられた。
赤津となら、お互い勝ち続ければ、決勝で対局できるのだ。赤津の気合いから見て、彼が片方のブロックを勝ちあがってくるのは、間違いないだろう。
「宗歩」と赤津、どちらが強いのだろうか。ファンは「宗歩」の将棋と赤津の将棋のどちらを是とするのだろうか。
しかしその前に、大橋自身が赤津と対局したかった。「宗歩」と対局を重ねて実力を上げた大橋の将棋が、赤津に対してどこまで通用するのか試してみたかった。
最初は「宗歩」を使わずに大橋が挑むつもりだった。赤津とは久しぶりの対局になる。
大橋は竜王戦の決勝トーナメントで赤津と対局することを楽しみにしていた。

〔21〕

大橋は渡瀬の事件の進展を絶えず気にかけていた。
渡瀬を殺した犯人はまだ捕まっていない。いろいろと調べてみたが、結局渡瀬龍一が渡瀬重太郎と関係があるかどうかはわからなかった。
平畑の話によると、彼の奥さんのお腹には赤ん坊がいたという。その赤ん坊が成長すれば、渡瀬龍一ぐらいの歳になるはずだ。
玲子の行方も、新聞ではまったく取り上げられていない。玲子に接触を図りたかったが、不用意にヘヴンフィールドに近づくと、大橋自身が警察に怪しまれかねない。
彼女は渡瀬の妹と言っていたが、いまにして思うと明らかに不自然だ。そのそも端正な顔立ちの玲子と、渡瀬の容姿とのあいだに兄妹と思えるほどの共通点が見出せない。
もし二人が兄妹だったとして、渡瀬と玲子、不釣合いな二人のあいだになにか確執のようなものがあったのだろうか。玲子は渡瀬殺害に関与しているのだろうか。
尾行された一件があってから、大橋は夜道を一人で歩くことは絶対に避けていた。両親にも最近このあたりは物騒になったからと注意を促し、必ず戸締りをするように言い含めていた。
大橋のあとをつけていた人間はどこかに必ずいるはずだ。その男が帽子をかぶっていたということは、顔を隠したかったに違いない。
その人間が渡瀬殺しに関係がある可能性は高い。将棋ソフト「宗歩」に絡んだことなのか、それともヘヴンフィールドで大橋を見かけ、要注意人物としてマークしているのかは定かではない。ただ、それ以外に尾行されるような心当たりはない。
もしかしたら将棋ソフト「宗歩」の存在を知っている者が、大橋以外にいるのかもしれない。渡瀬の開発した「宗歩」は恐ろしく強かった。だれかが「宗歩」を狙っているのだろうか。
最近大橋は「宗歩」と将棋を指して十局に一局は勝てるようになった。「宗歩」と将棋を指すたびに強くなっていく自分を感じていた。
ただ「宗歩」にはなにかが足りないような気がしていた。たしかに「宗歩」は強い。しかし、ただ強いだけだ。意表を衝くような手を指すわけでもなく、いつも同じ調子だった。決まったように、玉をできるだけ固めてから攻撃してくる。
たしかに終盤の力は抜群だった。手数の少ない終盤はコンピュータの得意分野だから当然ではあるのだが、どことなく物足りなさを感じた。めったに勝てなかったが、大橋が勝つときに「宗歩」が指す手は地味な受けの手ばかりで、人間を惑わすような妖しげな手を「宗歩」が指すことはない。
「宗歩」はけれんがなさ過ぎるのだ。人間相手だと不利なときには相手の目をくらますような手を指して、ミスを誘うこともある。「宗歩」にはそうしたはったりの手がいっさいなかった。
序盤でもそうだ。いつも似たような手を指し、そこには独創性のかけらもない。特に序盤で自玉をじっくり固めてから攻撃するやり方には辟易させられた。
勝ちに徹すると、こうした将棋になるのかもしれない。だが、「宗歩」はどこか間違っているのではないかと大橋は感じていた。
渡瀬が赤津の将棋を褒めていたが、彼自身「宗歩」の弱点には気づいていたのだろう。渡瀬は「宗歩」はまだ完璧ではないと言っていたが、そのことを指していたのではないだろうか。
だからこそ大橋に「宗歩」を使わせて棋士たちと対局をさせたのだ。おそらく赤津の指し手は渡瀬の待ち望んでいた独創性のある手だったのだろう。
将棋など単なるゲームで、棋士など存在価値もないと言わんばかりだった渡瀬龍一が、赤津の将棋を認めていたのは皮肉なものだ。コンピュータに携わりコンピュータの特性を熟知している彼だけに、人間らしい手を指す赤津は格好のサンプルになったのだろう。
あれから渡瀬重太郎と塚本八段の将棋もじっくり並べてみたが、渡瀬重太郎の構想力には驚かされた。一見なんでもないような手に見えて、その実人間の盲点をつくような緻密な計算がなされている。
塚本八段は最初のうちこそ失着を重ねていたが、不利になってからはしぶとい手を指した。中盤終盤にいたっては信じられないほど好手の連続だった。時間が無制限にあって考えられる大橋でさえ唸るような手を指していた。そのような手を制限時間内に指せたのだとしたら、塚本八段の実力は名人級ともいえる。
そのあたりが共同研究と疑惑を持たれるゆえんだろう。塚本の指し手は序盤と中終盤で指し手が違い過ぎていた。
最後の即詰みにいたっては何度駒を並べても感嘆した。△9九角は絶妙の鬼手、盤上この一手と言うべき手だった。あの手で塚本八段の勝ちが確定し、渡瀬重太郎はプロ棋士の道が断たれた。
ただ、渡瀬が必至をかけた局面で、大橋は渡瀬の必至のかけかたに問題があるのではないかと思っていた。実践譜では渡瀬は桂馬を渡して必至をかけるが、桂馬を渡したがために渡瀬玉に即詰みの筋が出てきたのだ。
桂馬を渡さずに、金を渡して必至をかける手もあった。そうすれば、渡瀬玉はぎりぎりのところで受かり、渡瀬は勝つことができた。
しかしながら、勝負というものは、あとになって考えればいくらでもいい方法を思いつくものだ。あの場で渡瀬が、桂馬を渡さないやり方を読みきれなかったとしても、無理のないことだったろう。
最善手をいくら対局後に思いついても意味がない。対局中には、次善手でもいいからミスをしないことが大切だ。
そこが勝負の難しいところだ。黒柳はずば抜けてすごい手を指すわけではなかった。ただ、彼の場合、ミスが他の棋士に比べて圧倒的に少ない。たった一手の悪手が致命的な結果に繋がる勝負の世界では、ミスがないのは決定的な強みになる。黒柳の強さの秘訣はそこにあった。
赤津の場合は素晴らしい手も多いが、ポカも多かった。結局ポカで失った局と、素晴らしい手を指して勝った局とで相殺されるのだ。
そうした観点で考えると、黒柳の将棋は機械的、赤津の将棋は実に人間的だと言えた。無論魅力的な将棋を指すのは赤津だ。
コンピュータと勝負を繰り返すうちに、大橋は自分の棋風が赤津に近づいているのを感じていた。将棋は人間が指すもので、コンピュータが指すものではない。無限の指し手がある盤上で、自分の構想を実現していくことに大橋は喜びを感じ始めていた。

(続く)